デンマークの取り組みに学ぶ:福祉機器の観点から【体験談】

 
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皆さんはデンマークという国にどんなイメージを持っていますか?

「幸福度世界No.1、福祉国家、税金が高い国…」

おおよそこのようなイメージをお持ちかと思います。


私、株式会社ヤマグチ代表取締役の山口純は、2016年から2017年の1年間デンマークに滞在し、福祉テクノロジーの評価に関する研究に従事していました。

滞在していたのはデンマーク技術研究所(DTI)という組織です。この研究所は独立した非営利団体であり、デンマーク企業や海外企業に対し、技術に関する知識の開発、応用、普及を行っています。

福祉の分野では、日本製の介護ロボットの実証実験を多数実施したことで有名ですね。

今回は、私がなぜデンマークで働くことになったのか、デンマークで目の当たりにした日本製介護ロボットの現状、現地で感じた日本との違いについてご紹介したいと思います。

 

この記事をお読みいただければ、デンマークが福祉国家と言われる所以を「福祉機器」の観点から理解していただけるかと思います。

 

なぜデンマークで働くことになったのか

DTIに勤める前、私はイタリアのラクイア大学で福祉機器の評価に関する研究をしていました。

 

「評価の研究」と聞くとちょっとピンと来ないかもしれませんので簡単に説明すると、市販されている機器(ロボットなど)を障害者の方に使用してもらい、社会的な活動が可能になるかということを実験していました。

 

例えば、テレプレゼンスロボットという機器を使って障害者の方に大学の授業に出席してもらったり、入院先からロボットを使って出勤してもらったりということを試していました。

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この研究でわかったことは、何らかの製品を福祉分野で活用するためには、道具そのものの機能的側面ではなく、むしろその機器を利用する環境や方法にこそ肝があるということでした。

 

「どのように分析すれば、このテクノロジーが福祉の分野で役に立つかどうかがわかるのだろう?」

 

この疑問を強めた私は、日本製ロボットの検証実験で知られていたDTIにコンタクトを取ることにしました。幸いにもロボット検証の担当者から良いお返事をいただき、1年間のインターンで研究をさせていただくことになりました。

 

DTIで研究をして衝撃を受けたこと

DTIに行って最初に驚いたことは、実施されている研究が科学的な研究ではなかったことです。明らかに、利用者の観察やインタビューなどに重きを置いていると感じました。これは科学や統計学ではなく、社会学や人類学の視点から分析しているということです。日本の研究所では、試作品や製品の機能面にフォーカスが当たりがちですが、DTIでは製品が「使えるか・使えないか」は、科学や統計学では判断できないものと考え、社会学的見地を反映させた評価手法を取り入れていました。

 

また、日本の製品がデンマークでたくさんテストされていると聞いていましたが、実際のところを聞いてみるとあまり良い結果が得られておらず、これには少なからずショックを受けました。そもそも、日本製ロボットを数多くテストしたのは、日本のコミュニケーションロボットを題材にしたドキュメンタリー映画のブームに影響されたとのことでした。

 

ドキュメンタリー映画「Mechanical Love」オフィシャルトレイラー

 

ロボット評価担当者と議論していて感じたのは、技術というものはたくさん存在する問題解決要素のたった一つにしか過ぎないということ。問題解決のための要検討項目が20個あるとしたら、技術はそのうちの一つでしかありません。日本に暮らしていると「技術で問題を解決する」という空気を感じますが、技術は必要条件のごく一部であり、それ以外に検討すべきことがたくさんあるということです。

 

使ってみて、うまく行かなければ次に移るという考え方

デンマークでは、福祉機器を試しに使ってみて「現場に合わない・想定していた効果が出ない」ということがわかれば、利用をやめて別のものに移るというサイクルが生まれています。また、国の雰囲気として、「うまく行かなかった」という意見に日本ほどネガティブな意識がなく、ダメで元々だし、早めにダメだとわかった方が製造側・ユーザー側の双方にメリットがあるという意識を感じました。

 

一方の日本では、作られた製品をなんとか普及させ、ユーザーに利用してもらおうとする動きがあります。デンマークとは違い、メーカーとユーザーの距離が近いことから、ユーザーが遠慮なく「これはダメだ」と言いにくい空気もあるのでしょう。そして、距離が近いからこそ、日本のメーカーはユーザーのニーズを事前に把握しようとしています。

 

私自身、日本のメーカーさんから「どのような機器を作ればニーズを満たせるのか」という相談をいただくことがありますが、製品を作る前にユーザーの潜在ニーズを知ることは難しいと考えています。

 

これは、国などが主導する福祉機器開発補助事業で開発された製品であっても同様です。過去に、DTIが主導した開発補助事業がありましたが、約100件の提案があったのにも関わらず、実際に製品になったものはほとんどありませんでした。提案して、試作品を作って、何度もテストして、ステージゲート審査を通ったとしても、現場で使われる製品を作るのは難しいということです。

 

まとめ

私がDTIに滞在して強く感じたのは、「使ってみたけどこの点が今ひとつだった」という、批判的な意見に価値があるということでした。

批判的な意見があるからこそ、ユーザーの希望を満たさない製品は速やかに市場から撤退することになり、高評価の製品だけが残ります。これはメーカーの製品開発のヒントにも繋がります。この考えで実際に上手くいっているのが、デンマークの福祉機器市場です。

デンマークでは、福祉テクノロジーのレビューを各福祉事業者(自治体)がシェアできる仕組みができていて、良いレビューも悪いレビューも、すぐに全国に広まります。高評価の製品であれば、色々な自治体が導入を検討しますし、低評価の製品であれば、自然と導入数が減ることになります。ユーザーの絶対数が少ない福祉テクノロジーの市場においては、「使ってみてどうだったか」という意見が非常に重要になるのです。

デンマークの各自治体は、このように福祉機器の選択における無駄をなくすことで、社会保障費の削減を実現しています。コスト削減の結果、必要なところに必要な予算を当てることができるので、結果的にサービスの質の向上につながっているのです。

なお、デンマークのこのような取り組みについては、私が下の動画で詳しく解説しております。ご興味のある方はこちらもご覧ください。

 
 

日本にも効率的に福祉機器の情報を取得できる仕組みがあればと思いますが、今のところそのような仕組みはありません。結果として市場に溢れたたくさんの製品を事業者側が選定しなくてはならなくなっています。

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